熱海土石流災害から学ぶー土砂災害から命を守るための提言

熱海土石流災害から学ぶー土砂災害から命を守るための提言
目次

1.まえがき

長年、土質力学・地盤工学を学び研究してきた一人として、近年多発する土砂災害の犠牲者の報道に接するたびに、心が痛む。

特に、最近起こった熱海市の土石流災害から多くのことを考えさせられた。

この土石流災害の直後、ある新聞社1.)から取材の依頼があったのをきっかけにして、偶然2つのテレビ局2.)3.)でも取材を受け、映像を通して意見を述べる機会を得た。

1.)中日新聞社

2.)CBCニュース:熱海の土石流「盛り土のパイピング現象」とは?「大自然を怒らせることの恐ろしさ」専門家が指摘、2021年7月14日

3.)SBSニュース:難波副知事も可能性を指摘 専門家が解説「パイピング現象」とは2021年7月14日

土石流災害について

この土石流災害は、私自身が22年程前に著わし、大学で教えて来た「土質力学」の教科書の中で注意を喚起してきた問題そのものであった。

自然の谷筋を埋めて道路(盛土)を建設すべきでない。…たとえどんなに小さな谷筋であっても、その自然の水の流れをさえぎるような形で道路建設を行ってはならない。必ずいつの日か自然は怒り出すと覚悟すべきである。…大抵の土砂災害事故は水が関係すると言っても過言ではない。特に、谷筋などの長年に渡って培われた自然の水の流れに逆らわないよう肝に銘じるべきである。」

松岡 元:土質力学、森北出版、p.60、1999.より

と明記している。

この記述は、この教科書の中で「パイピング現象」について説明したすぐ後のページで、注意すべき現場事例の一つとして説明したものである。

土砂災害に関する情報の少なさ

その後、日本各地の豪雨災害についてのテレビの放映映像を注意深く視聴し、2014年8月20日の広島土砂災害の写真集4.)などを読み返すうちに、私の心を下から突き上げるような違和感を覚えた。

4.)2014 8・20広島土砂災害、中国新聞社、p.58、2014.

例えば、河川災害(河川からの水による洪水災害)であれば、その災害を引き起こす主体である河川についての情報が必ず伝えられる。

  • 「豪雨によって河川水位は急激に上昇し堤防の天端に達しようとしている」
  • 「この箇所では河川堤防が一部崩壊し始めていて破堤寸前である」

など、地域住民自身がイメージでき、避難しなければならないタイミングを判断できる情報を伝えることができるのである。

ところが、土砂災害はどうだろうか。

土砂災害(土石流災害を含む)を引き起こす主体は主に山地である。

山裾に立ち並ぶ住宅が被害を受けるのである。

ところが、「山地の地形」や、土砂災害の原動力である「山の水の流れ」についての情報がほとんど与えられていないし、山裾に住む住民へのそれらの情報の重要性を訴える教育も啓蒙もなされていない。

山地災害(山地からの水による土砂災害)は、豪雨時に人間が認識しにくい

  • 山地の谷筋を主に流れる「地表水」

と、

  • 山地の地中の水みちを流れる「地中水」

によって引き起こされる。

しかも、一旦発生すれば、逃げる暇なく一気に家ごと押し流すという恐ろしさがある。

このような生死に関わる重要事項の教育や啓蒙が緊急に必要とされている。

2.土砂災害から命を守るための提言

土砂災害に対する山地近くの自宅の危険度を察知する方法:

自宅の危険度は3つのステップで調べることができる。

  1. 「自宅の位置」を確認する
  2. 「地表水」の流れを想定する
  3. 「地中水」の流れや出口を把握する

STEP1:「自宅の位置」を確認する

まず、自宅周辺の山の谷筋や尾根筋がはっきり分かる地形図「自宅の位置」を書き込む。

STEP2:「地表水」の流れを想定する

そして、豪雨時に主に谷筋を通って下るであろう地表水の流れ(およびその下流領域の水の流れ)を想定する。

山の自然の谷筋というのは、何千年~何万年(あるいはそれ以上)をかけて侵食などを受けて形成され、結果としてそのような谷筋地形になったものなので、降雨は主に谷筋に沿って流れると考えるのが自然である。

STEP3:「地中水」の流れや出口を把握する

それに加えて、山地に降った雨が地中にしみこんで自然が長年の内に形成した「地中の水みち」を通って下るであろう地中水の流れをイメージする。

この地中水は主に谷筋に流れ出して地表水と合流すると考えられるが、地中水の水みちの中には尾根筋の山裾や斜面に出口があるかも知れない。

それで、これらの地中水の出口の位置も把握する必要がある。

山からの地表水だけでなく、それらの地中水も土砂災害の原動力となるからである。

自然の地中の水みちの出口を見出す一つの方法は、豪雨の後に自宅周辺の山の山裾や斜面や擁壁等からの水の出方を自分の足で調査することである。

「自宅の危険度」を察知

これら「地表水の流れ」と「地中水の出口の位置(複数個)」を書き込んだ自宅周辺の山および扇状地の地形図を自分で作成すれば、土砂災害に対する自宅の危険度を自分の肌で感じて察知できる。

以上のような一連の作業を自分で行うことによって、おのずと避難行動の意識が高まることになる。

大きく見れば、降った雨が主に山地の谷筋を通って川となり、やがて海に注ぐ。

その海の水が蒸発して雲となり雨として再び地上に降り注ぐ。

この大自然の循環・排水システムが何千年~何万年をかけて出来上がっていることを意識する。

そして、山地の排水システムの中には、目に見える地表水目に見えない地中水があることを認識する。

人間の営み(近年の異常豪雨も含めて)が、この排水システムを犯す時、山地災害(土砂災害)が発生するのである。

3.自宅の危険度を考える一つの具体例

谷筋と尾根筋を描いた地形図の一例

図は谷筋と尾根筋を描いた地形図の一例である。

仮に、自宅がこの地形図上のA地区、B地区、C地区にある場合、その土砂災害に対する危険度はどのように考えられるであろうか。

なお、地中の水みちを通る地中水の出口については、現場で豪雨の後に自分の足で調査するものであるので、この場合は原則除外して考える。

自宅がA地区にある場合 危険度:★★★

A地区は谷筋の川が山間部から出た場所であるので、土石流のような土砂の直撃を受ける可能性が極めて高いと覚悟しなければならない。

豪雨が続けば川の様子を注意深く観察して、異変を感じれば即避難すべきである。

最も危険な地区である。

自宅がB地区にある場合 危険度:★★

B地区は山から少し離れているが、谷筋からの川に沿っていて水が流れやすい流路に当たっているので、土石流が流れ下って来る可能性が高いと考えなければならない。

豪雨の時には、可能なら注意しながら上流のA地区まで行って情報を得る(あるいは電話で様子を確かめる)努力をして、危険を感じれば即避難するのが良いと思われる。

A地区に次いで危険な地区である。

自宅がC地区にある場合 危険度:★

C地区は山に近いが尾根筋の下であるので、比較的土石流の直撃は受けにくいと考えられる。

ただし、豪雨時には山の表層滑りやがけ崩れは起こり得るので注意が必要である。

特に、自宅の裏山に接する擁壁から水が噴き出るようなことが起これば即避難すべきである。

裏山に接する民家は、豪雨時には常に山の状態を観察しなければならない。

危険と隣り合わせである。

4.避難行動意識の自己改革―自分の命は自分で守る

広島土砂災害の折、土石流発生前に自宅の裏山から流れる水の量や色(濁り)を1時間おきにチェックされた方がおられた。

この方の避難は成功し、ご家族の命は守られたとのことである4.)

4.)2014 8・20広島土砂災害、中国新聞社、p.58、2014.

このことからも分かるように、日頃から自分で自宅の周りをチェックし、自宅の危険度を察知できるようにしておくことは、自分や家族の命を守るために極めて重要である。

「自分の命は自分で守る」という意識改革が必要と考える。

あなたの命を助けるー「自助、共助、公助」とは

「自助、共助、公助」という言葉がある。

まず、自助(自分や家族の命は自分が助ける)

そして、共助(向こう3軒、両隣り、仲間を助ける、声をかける)。

最後に、公助(市や県や国が避難勧告や避難所設置などで助ける)である。

しかし、前述した通り土砂災害は逃げる暇なく一気に家ごと押し流すので、自分で自宅の危険度を予めの訓練によって察知できるようになっておくことは、家族の生死に関わる重要な問題である。

「自分は大丈夫だ」という根拠のない楽観的な見方―正常性バイアス―に打ち勝つためにも、日頃の訓練が大切となってくる。

5.まとめ

人間は、いざという時には自分の身は自分で守るという自己防衛本能を働かせる。

土砂災害は一気に家ごと押し流すものであるので、この自己防衛本能に少しの訓練と啓蒙を与えて磨きをかける方法は、理に適っているのではなかろうか。

とっさの判断力が生死を分けるのである。

ここでお伝えしたかったのは、山地災害(山地からの水による土砂災害)に対する地盤工学の基本的な知識と知恵を予め分かりやすくお教えして、より適切な判断力を培っていただくことである。

自分と他の人の命を守るという崇高な目的があれば、人間は喜んでそのことを行う。

その知識の中には、何千年~何万年かけて形成された山地の地形と降雨による水の流れ(地表水と地中水)に対する正しい理解も含まれる。

この提言の要点が豪雨時の気象情報報道の中で、挿絵付きで分かりやすく繰り返し放映されることによって、一人でも多くの人の命が救われることを願ってやまない。

名古屋工業大学名誉教授 工学博士 松岡 元

 

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