
「D・Box工法の設計・施工の基礎 ~地盤育成強化と液状化・振動・地震動低減~」(森北出版) の「まえがき」より
未来への提言 – 土を“育てる”
私たちの地球の表面を覆っている土は,本質的に
- 土粒子 (固体)
- 水 (液体)
- 空気 (気体)
からなる 3 相混合体である。
水で飽和している飽和土であっても,「土粒子 (固体)と水 (液体)」からなる 2 相混合体である。
まったく異なる物質から成り立つ多相混合体は,人間にとって取り扱いにくい厄介な代物だが,自然物であることから“夢のある材料”といえる。
土は “ 育てる ” ことができる
上記の土の本質的な構成に着目すれば,次のことに気付く。
鉄やコンクリートとは違って,土は “ 育てる ” ことができる。
子どもを大人に “ 育てる ” ように,「土粒子間の隙間を狭めて固くし強くする」ことによってだ。
このとき,あまり急激に大きな力をかけて,土を破壊させないように注意しなければならない。
これは、子どもにいきなり重いリュックサックを担がせられないのと同じである。
これらのことは,昔から“圧縮”あるいは“圧密”現象としてよく知られている。
このような土のもつ素晴らしい特性を,人間はなぜもっと積極的に活用してこなかったのであろうか。
“圧密”と聞くと,沈下が収まらない厄介な現象とイメージする人 が多いからかもしれない。
短時間に “ 育成強化 ” するには
本編で詳しく述べるが,ある載荷幅の “ 局所的な圧密 ” をさせるように段階的に載荷していくと,元の地盤の支持力の 3 倍程度まで,短時間に “ 育成強化 ” できることが解析され,模型実験でも確かめられた。
その“育成強化”された領域の内側に,載荷幅を狭くして,さらに“局所的な圧密”をさせるように段階的に載荷すると,たとえば元の地盤の支持力の 8 倍以上まで,短時間に “ 育成強化 ” できることも解析され,模型実験でも検証されている。
今でこそ,このような計算や実験ができるようになったが,ソイルバッグ工法( D・Box 工法)は,それ以前から多くの田んぼや沼地のような軟弱地盤でこのことを実践している。
理論計算や模型実験は,いわば後付けをしているのである。
わかりやすくいうと,たとえば N 値が 1 の軟弱地盤を N 値が 3 とか 4 の地盤に,必要に応じて “ 育てる ” ことができるのである。
これからは, N 値= 1 の地盤は,未来永劫に N 値= 1 であると考える必要はないのである。
以上より,地盤は “ 育成強化 ” できるのである。
この考え方は,現在の地盤工学の分野にないようである。
“ 育つ ” ものを育てないで用いるのは道理にかなわない。
土を育てること,すなわち地盤を育成強化することを,“ 未来への提言 ” として,本書を通して提案する次第である。
ソイルバッグ( D・Box を含む)の特性
次に,すでにあきらかになっていることも含めて,ソイルバッグ( D・Box )の特性について述べる。
- 土粒子間の摩擦力の増加による地盤強化
- 地盤の耐荷重力の増加
- 液状化対策が可能
- 交通振動や地震動低減効果
- 凍上防止効果
土粒子間の摩擦力の増加による地盤強化
粒子間摩擦で保持する土への最も有効かつ究極の補強法は,「土を完全に包み込み拘束すること」だ。
これは、粒状体の区画拘束原理である。
ソイルバッグ(D ・Box )はその典型的な適用例である。
地盤の耐荷重力の増加
ソイルバッグ自体が驚異的な耐力を発揮する力学的なメカニズムが解明され,耐圧力の 2 次元および 3 次元の表示式が誘導されている。
包み込み 拘束するだけで,接着剤(セメント)を入れなくても,土粒子間の摩擦力を増やして確実に粘着力 C をつけることができる。
ソイルバッグが強い本質的な理由はここにある。
ソイルバッグ 1 個が 20 ~ 40 tf の荷重(電車の車両 1,2 台分) に耐えることができる。
液状化対策が可能
砕石入りのソイルバッグは,袋の編み目がフィルターのようにはたらいて,水はよく通すが土粒子は通さない。
この結果,水浸ヘドロ状態の軟弱な粘性土地盤であっても,ソイルバッグによって水(水圧)をよく吸収し,ソイルバッグ直下か ら圧力球根状に局所的に圧密させて直下の地盤をすみやかに育成強化し,地盤の 支持力を増大させて沈下量を減少させることができる。
つまり、ソイルバッグによる局所圧密・強化作用である。
また,水をよく通して水圧を抜き,土粒子は通さないので,液状化対策にもなる。
交通振動や地震動低減効果
ソイルバッグはわずかなしなやかさを有する。
これにより,交通振動や地震動のエネルギーを,目には見えない微小な袋の伸縮によって,中詰め土の粒子間やソイルバッグ 間の摩擦熱エネルギーとして消散させる。
凍上防止効果
砕石を入れたソイルバッグは,凍上防止効果もある。
中詰め材の砕石粒子が大きいということは,粒子間の隙間も大きいので水が毛管上昇しない。
したがって,水の補給がないので凍上しない。
ソイルバッグ工法(D ・ Box工法)はコストパフォーマンスが高い
以上で述べたように,一つの工法が五つの効果─
- 軟弱地盤対策
- 液状化対策
- 交通振動対策
- 地震対策
- 凍上対策
をもたらすソイルバッグ工法(D ・ Box工法)のコストパフォーマンスの高さは注目に値する。
まさに,“ 一石五鳥 ”の工法である。
本書では,凍上以外の四つの効果についてくわしく解説する。
注意すべき点は,ソイルバッグ(D・Box)の袋を日光(紫外線)にさらさないようにすることだ。
紫外線防止剤は入っているが時間の経過とともに袋の劣化は進む。
ただ,土中に埋設すれば,袋の材質がポリエチレン,ポリプロピレンであるので,半永久的にもつ。
ソイルバッグ(D・Box)工法の発見までの経緯
ここで,筆者の個人的経験にふれさせてもらいたい。
心静かに振り返ってみると,ソイルバッグ(D・Box)工法発見に至るまでの経緯は 大変面白い。
発見に至るまでの道のり
1990 年代初めに“ソイルバッグ工法”の研究を始めてから今日まで,この工法をとくに軟弱地盤対策として,とか,液状化対策,振動対策, 地震対策として開発してきたという思いはほとんどないのである。
土の特性の原理・ 原則に基づいて模型実験を行っていくと,土のような粒状体は完全に包み込んで拘束するのが最善の補強法であることに気付いた。
そして,世の中には「土のう」というものが昔からあることに思い至った。
さらに,土のう 1 個が驚異的な耐荷力( 20 ~ 40 tf )をもつことに気がつき,水浸した田んぼのような軟弱地盤でも簡単に治められることを発見した。
また、現場から
- 「交通振動や重機などの機械振動も感じなくなる」
- 「地震動が「ガタガタ」ではなく「フヮ~」と抜けるように感じて怖くなかった」
- 「家の中の「こけし」も倒れなかった」
- 「お墓も周りのものが激しく倒壊しているのに“圧倒的に”もつ」
- 「墓石のモルタル目地にさえヒビがまったく入らない」
などの声が届いた。
そこで,調査し計測してみると実際にそのとおりであることがわかってきた。
それらの理由もメカニズムもそれなりに考えられる,となってきたのである。
つまり,初めから意図して開発してきたわけではなく,結果としてこれら種々の対策工として効果的であることが実験や現場で実証されてきた。
大変ラッキーな工法であって,後を追うように “ 一石五鳥 ” の工法であることが解明されてきた。
意図した発見ではなく、「原理・原則を追いかけた結果」
人間の能力や知恵には限界がある。
新しいものを発見しようとして意気込んで考え始めたところで,大した結果にはならないことが多い。
ノーベル賞研究のポイントとなる発見がどのように見出されたかを調べてみると,
- 「たまたま偶然が重なって,何かの拍子でこんなものが見つかった」
- 「当初意図していたものではなかった」
という話をよく耳にする。
そこにこそ,“真の面白さ”があり,人間の能力を超えた“真の発見”とよばれるものがあるのであろう。
言い換えれば,人間の知恵や予想はたかが知れているのである。
そういう意味でこの工法は,ただ土の特性の原理・原則を追いかけていくうちに,その特性に導かれて,それを効果的に生かす方法を正しく見い出すに至ったのである。
土本来に様々な特性,また原理・原則が備わっていること自体が素晴らしい。
それを生かす方法に気づくことができたことは,とても“幸運”であったと思わざるを得ない。
D・Box 工法をおすすめする理由
ノーベル医学・生理学賞の分野をみてみると,
- 「もともと家畜用に開発された薬が人間にもよく効くことがわかった」
- 「世界中の多くの患者を助けた功績はきわめて大きい」
というようなコメントを聞いたことがある。
人体と同様,自然物である地盤の現象も複雑怪奇な面─とくに振動問題や地震動問題─があって,全容が解明されるまで待つ必要はないと思う。
いままでの 3,000 件を優に超える施工事例をみても,施工上のあきらかなミスがないかぎり,ほぼ 100 % 効くことが実証されている。
原理はあきらかにされており,実績はすでに十分ある。
どんどん用いていき,必要なら計測器による検査などでその効果のほどを確認すればよい。
あらかじめ結果を予測できる解析法や計算法がないと採用しないという設計者もおられる。
だが,もし世の中で用いられている解析法や計算法が完璧なものなら,地盤に関する事故は起こらないはずである。
土を透水性の袋で包み込んで拘束し締め上げるだけの本工法が,土の本質に根ざした本当によいものであれば,しかるべき明快な解析法が将来必ず追いかけてくるものと確信する。
理解に苦しまれる点とは?
D・Box 工法の説明をしていて多くの技術者が理解に苦しまれる点がある。
それはD・Box によって,たとえば上部の盛土荷重が “ 圧力球根 ” 状に深さ方向に低減していき(言い換えると,効率よく分散されて),地盤深部の軟弱地盤層にほとんど影響を与えない という点である。
多くの技術者は,いままでの採用された工法ー
- セメント改良工法
- 砕石置換工法
- サンドドレーン工法
- ペーパードレイン工法
などから,どうしても“ 一次元圧密 ”(全面載荷)的な思考パターンが出来上がっていて,のちのちまで延々と続くであろう地盤沈下への恐れをぬぐいされないのではないかと思われる。
私はよく,次のように説明している。
「D・Box は 1 個 1 個順番に転圧しながら施工していくのがよい」(局所圧密効果)。
「D・Box を 100 個程吊り上げて一度にドサッと設置すれば,“ 一次元圧密 ”(全面載荷)に近くなってドーンと大きく沈下します。」
この違いを理解していただくのがポイントである。
D・Box 直下の局所圧密 ・強化作用
D・Box 直下の局所圧密 ・強化作用というのは,イメージ的には,阿寒湖の “ マリモ ” の下半分のような固い部分が D・Box 直下に生じて,その周囲の軟弱地盤に次第に消えていく(fade out)ようなものである。
そして,盛土荷重が少しずつ大きくなれば,それに合わせて D・Box 直下の “ マリモ ” の下半分も必要最小限だけ固く大きくなっていく。
この“下半分のマリモ”状に固く強くなった部分(局所圧密によって自然発生的に軟弱地盤中に生じる)によって,上の盛土荷重の増分は支えられ(言い換えれば,自然に応力分散され),それより下部の軟弱地盤をイジメル(圧密させる)ことが少ないのである。
自然に優しい ソイルバッグ(D・Box)工法
自然に逆らわない,自然を生かした方法である。
人類はこれまで,どちらかというと自然に対峙してきたのではないだろうか。
地球環境の悪化が限界に達している現在,自然と共生する,自然に同化した,自然に優しい工法を全地球上で積極的に推進していただければ幸いである。
2020年6月
著者代表 松岡 元
現代版土のう「D・Box」の概要や種類についてはこちらをご参照ください。
「PROFILE – 松岡 元(まつおかはじめ)プロフィール」はこちらをご参照ください。

「「土を育てる」工法(D・Box工法)とは?」はこちらをご覧ください。